ジュリアスが目を覚ましたのは、それから１０時間ほど経ってからだった。
解熱剤を飲んだはずなのに熱は引かず、うなされていたから起こそうと呼びかけても揺すっても起きる気配はなく、これはまずいのでは？と判断したスザクはビスマルクに電話を掛けた。すぐに医者をとビスマルクは言ったが、先ほど言われた暗殺の件を話し、病院では体を休められないこと、医者を信じていないことを告げると、ビルマルクはしばらく黙り込んだ。
ルルーシュの母マリアンヌは暗殺されている。
その原因は不明で、一説には庶民出の皇妃だったため、他の皇妃が汚れた血を排除しようとしたからではと言われている。ならば、ジュリアスが死んだはずのルルーシュだと気づいた、あるいは知っている者が、皇室に混ざった汚れた血を消すために、狙う可能性は十分あるという。
そこで白羽の矢が立ったのは、ロイドとセシル。
緊急時の応急手当などの知識は軍人だけあり備えているし、パーツであるスザクが怪我をした時のことも考えて、それなりの知識と技術を手に入れていた。
ジュリアスに関しては、手術をしろというわけではないため、上への報告ではバイタルチェックと点滴程度ということでビスマルクが手配すると、特派が治療に当たることは、特に問題はないと判断された。
とはいえ、熱でうなされるジュリアスを前に包帯を変えるべきか、傷の具合を見るべきかしばらく考え、医者を警戒する相手の許可なく手を出せば、特派も信頼できないと拒絶される可能性があるため、そちらの手当は後回しになった。
解熱剤を飲ませるにしても、今飲んでいるものがわからないければ用意もできないと、引き出しにしまわれていた薬を調べたが、どれもかなりきつい薬のようだった。名前のわからないものも多い。
何より困ったのは、どこで処方されたのかがどこにも記載されていないことだった。これでは、この薬がなにか聞くこともできない。
ビスマルクが正規の方法で薬の出処を探しているが、ロイドが「な～んか気になるよね、こっちの薬」と、一番減っていた謎の錠剤を1錠もってどこかに消えた。セシルの話では、ツテで成分を調べるらしい。
「・・・すざ、く」
セシルと二人で、どこかに病院の袋が捨てられていないか部屋の中を探していると、弱々しい声が聞こえた。ベッドを見ると、目を覚ましたジュリアスが体を起こしていた。セシルは、目を覚ましたと連絡するため部屋を出、スザクはべッドに近づいた。
「・・・すざく、みず、水を、くれないか」
寝ぼけているのか、先ほどの拒絶を忘れたように水を求めていた。
頭が痛いのか、しばらく頭を押さえた後、顔をあげることなくそれでも懇願するかのようにこちらに手を伸ばしてくる。
寝る前に水を飲まなかったから、喉は乾いているのだろう。
セシルが言うには熱は３９度近かったというし、汗もだいぶかいていた。
「すざく、みずを・・・」
だから、普通であれば素直に水を渡すべきだとわかっているが、ユフィはもう水を欲しがることも無いのだと思うと、どうしてこいつに自分がという思いが働いてしまい、何かしてやろうという気が起きなくなる。それに、点滴はしているから脱水症状にはならないはずだ。
「いい気味だ」
思わずぽつりとつぶやくと、それまでこちらに伸ばしていた手が下された。
そのまましばらく身動きをしなかったが、やがてふらりと体が揺れ、どさりと音を立てベッドに体を横たえた。いや、倒れたというべきか。
純白のシーツの上に、漆黒の髪が散らばる。
音とベッドの軋みに気が付いたのか、隣の部屋にいたセシルが入ってきた。
「スザク君、キングスレイ卿は？」
入口からベッドを見ると、横たわる姿が見え、あらあらとセシルは駆け寄った。そして布団を肩まで引き上げる。
「すぐに倒れてしまって」
我ながらひどい嘘だと思う。
「そうなの？でも、熱は下がってきているから大丈夫よ」
ジュリアスの額に手を当てながら、そんなに心配しなくて大丈夫よとセシルは笑った。不愉快そうなスザクの顔は、大切な友人を心配しているからだと、セシルは受け取ったようだった。セシルは、スザクのどす黒い面を知らない。スザクが憎しみを向け、殺したいほど恨んでいるのが目の前の人物だとは思っていないのだ。
礼儀正しく優しいスザク。
そんな彼女の中のスザクが、まさか喉の乾いた怪我人に水をあげずに、暴言を投げかけたなんて想像もしていないだろう。
「点滴はしているけれど、喉は乾いていると思うから」
「はい、わかりました」
セシルが全部言う前に、スザクは返事をした。
後ろめたさがあったからだが、それをセシルは水を飲ませることができなかったことへの後悔だと受け取った。
「連絡は終わったから、私が見るわ。スザク君は少し休んで」
「いえ、僕は大丈夫です。このぐらい慣れていますから。それよりセシルさんこそ休んでください」
「私も慣れているからこのぐらい平気よ」
「ですが、最近起動実験続きで休んでいませんよね？」
スザクの新しい機体のテストを二人がしていることは知っていた。
まだデバイサーであるスザクが関われない段階なので、二人がどれだけ根を詰めて作業しているかまではわからないが、いつになく疲れていることだけは分かる。だからそこを指摘されてしまうとセシルも否定しきれなかった。
「それじゃあ、先に休むわね。何かあったら連絡を入れてね？すぐに来るから」
「わかりました、ありがとうございます」
本来なら、医者がするべきことで、技術屋であるセシルがすべき労働ではない。二人にとっては、余計な業務が増えただけで利はないのだ。
・・・自分が頭を下げるのは、全部ルルーシュのせいだ。
ああ、なんでこいつのために僕が。
「あまり無理はしちゃだめよ」
そう言い残してセシルは部屋を後にした。
「では、次の作戦では、スリーとテンを連れていく」
翌日、意識を取り戻したジュリアスは、平然とした顔でビスマルクと打ち合わせを行っていた。昨日一日休んだことで熱が下がったのだろうが、セシルにもスザクにも、ロイドにも礼の一つも言わず、今日はビスマルクと打ち合わせがあると、さっさとシャワーを浴び用意を済ませると部屋を出て行ってしまった。包帯を変えるのを手伝うといっても、シャワーを浴びたのだから変えているに決まっていると冷たく言い放たれた。少なくても、自分一人でそれらをこなせるぐらい練習はしたようだ。その話をすると「せめて食事をとらせて薬を飲ませないと」と、セシルに叱られてしまい、いくら言っても聞かずに動いたのはルルーシュであって、僕に責任はないはずだと、控室に移動したスザクは不機嫌な顔をしてコーヒーを飲んでいた。
結局あの後いくらか反省し、ちゃんと看病したけど、これだ。
彼に何かをしてやるべきではないのだ。
そももそ記憶のない彼は、ルルーシュ以上に傲慢で扱いづらい。
もう二度と世話などしてやるものか。
そう思ったのだが、スザクの願いなどかなうはずもなく、さらなる面倒を命じられた。
「僕が、彼と、ですか」
聞き間違いかと、思わず素で返してしまったが、皇帝はそうだと返しただけだった。
「お言葉ですが陛下、自分は」
「枢木、あれがゼロであること、儂の息子であることを知るのは、儂とビスマルク、そしてお前の三人だけ。ならばお前が世話をするしかなかろう」
もしここで断るなら、ビスマルクが、あるいは皇帝が。ということになってしまう。
新たに誰かを引き込めばいいだろう、その便利なギアスを使えば簡単じゃないかと思うのだが、そんなこと言えるはずがなかった。
だが、これはどんな拷問だろう。
「ではいいな、枢木よ。今日よりジュリアスと共に暮らすがよい」
「イエス、ユア・マジェスティ」
皇帝の命令により、スザクとルルーシュの同居が決まった。
